こんばんは、長南です。
今回は前回に続いて「絵の密度」についてお話しようと思います。

 画像処理や色彩などの分野には「空間周波数」という言葉があります。これは一定空間あたりに含まれる繰り返し構造の多さの単位のことですが、あたしはそれと似たようなことをキャラクター…ひいてはイラストレーションに適用することが出来ると考えています。これがいわゆる「絵の密度」と同義になります。あたしは一枚のイラストに適用したときの空間周波数を、勝手に「画面密度」と呼んでいます。
話が難しいと眠くなるので実際をの例でも見てみましょうか。
dx_o_1(1)
①)先日に引き続きDXのPC黒霧さんです。このイラストの手に持ってる光弾に注目したら次
dx_o_2(1)
②)光弾の周りの光片が増えたのがわかりますね。次~。
dx_o_3(1)
③)光線が追加されましたね。このことによって画面上の密度が増大したといえます。
 画面上の密度は"魅せかた"と関連しています。③の場合「画面上大きめのサイズで、一枚の絵としてじっくり見てもらう」ことを想定しています。
もしブログではなく、動画上でのカットインの一部としてこの絵を使うとしたら①を使うことになるでしょう。これが画面密度を考えた"魅せかた"です。

 イラストの連続であるアニメーションにも同じことが言えるので、今度は皆さんの経験から例を考えてみましょう。
例えばとあるアニメの劇場版を観るとします。劇場版アニメはテレビ放送版と比べて作画枚数が多く、撮影効果が丁寧に作りこまれています(デジタル化してから枚数などは曖昧になっていますが…) それは劇場版はテレビ放送より作画に多くの時間が用意されているという現実もありますが、あたしは空間周波数の違いという意味合いのほうが強いと考えています。単純に作画枚数が多くなれば、情報量が多くなり細部の動きがヌルヌルと動いて見えます。簡単に言ってしまうと手間と時間をかければ"見応え"が強くなるのです。
映画館でテレビ放送版を鑑賞したら少し歯ごたえがなく感じることもあるでしょうし、逆に自宅のテレビで劇場版を鑑賞すると情報量が多すぎて疲れることもあると思います。手間と時間をかけたからといって良いものとは限らないのです。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、まれにテレビ放送版アニメでも、とあるワンシーンの動きの枚数が多すぎて違和感となることがあったりします(時々ネタにされていたりしますね) おそらく劇場版は映画館で、テレビ放送版は自宅で鑑賞されることが想定されているのですね。 

 静止画の話に戻して締めくくりにしましょうか。「画面密度の高低は「空間周波数」のそれと同じです。
今回は「光弾」の多さを画面密度としましたが、先日述べたキャラクターの特徴である服やアクセサリも密度を高低させる要因の一つです。実際の場面でも画面密度が低いと殺風景に、画面密度が高いとごちゃごちゃして見えることがあります。セッションをしたり動画を作成したりする場合には画面密度に配慮した絵の選び方、描き方をするのも重要だと言えるかもしれません。
台湾で罹患して帰ってきた我が九頭竜堂の長、ひふみいろは氏も
携帯で動画観るヤツもいるからなぁ。いろいろと考えるの大変よ
とよくぼやいています。
 FPSなどのPCゲームでは現実と大差ないようなグラフィック(高い画面密度)が要求されていることに対して、スマートフォンゲームではパズドラやぷよクエなどのデフォルメされたキャラクター(低い画面密度)が人気であること(ここではゲーム性は無視しています)などを鑑みていると、舞台の違いが"魅せかた"の違いであると思い知らされます。なにより動画という現場はゆっくり絵とアニメ絵が共存していて塩梅に困るなあというのが、イラストを嗜む人間としての率直な意見だったりします。それでも状況に応じた使い分けが要求されていることは間違いないでしょう。

 では今回はここで失礼します。
次回は「色から受けるイメージ」について書こうかと思います。
前回は書き忘れましたが、ここで書いていることはほぼ個人の経験からの私見なので、間違っていることや「こんなのもあるよっ」といったことももちろんあります。この記事で書いたことが見た人に考えたり、思い出す機会を与えることができればそれだけで幸いです。ではでは